機動戦士ガンダムAGE 第38話「逃亡者キオ」

     ▼あらすじ


 イゼルカントに、AGEデバイスにアクセスするための生体情報の提供を求められたキオは、ルウの余命を延ばす薬と引き換えにこれを了承する。
 束の間、ルウやディーンと楽しい時間を過ごすキオ。一方、セカンドムーンに到着したキャプテン・アッシュが、キオの救出に現れる。せめて最後に薬を渡そうとディーンたちの家に来た時には、ルウは既に静かに息を引き取っていた。
 未来の希望を語る事ができるようになったルウの日記に涙しながらセカンドムーンを脱出するキオ。その目の前に、ヴェイガンの作り上げた異形のガンダムが姿を現したのだった。






      ▼見どころ


 キオ編の要とも言うべき、38話。
 どうにも話が重くならざるを得ないので、先に軽い話から済ませていきたいと思います。



      ▽ダークハウンドのこと


 この回の後半、ビシディアンがキオ救出のためにヴェイガンの本拠地へ乗り込んできます。
 ヴェイガンの技術を流用した「見えざる傘」により一気に接近、侵入し、さらにはヴェイガン内の通信も当然のように傍受、あっという間にキオの元へたどり着く手際は鮮やかで、フリット率いる連邦ではこうはいかなかったでしょう。



 こんな外見ながら、どさくさにAGEデバイスまで回収する優秀さ。


 その一方、この回のキャプテン・アッシュは、画面内で確認できる限り敵機を撃墜していません



 敵機を蹴り飛ばしたり、ビームサーベルで斬りかかられたのに応戦したりはしていますが、自身がビームライフルを撃ったり、爆発の起こるような撃破の仕方をしたりしていないのです。
 これは、別にキャプテン・アッシュ、つまりアセムが敵兵を殺す事そのものを忌避しているから、というわけではありません(その点でのちのキオとは違う行動です)。なぜなら、第34話では躊躇なく



 グラット・オットーを撃墜しているからです。
 だとすれば、アセムの今回の行動は、場所が一般市民の暮らすコロニーであるがゆえである、という事が容易に了解されます。
 敵兵撃墜には躊躇のないアセムが、「一般市民を巻き込むべきではない」という考えを持ってもいたという事は、既にアセム編にて、



 第23話、ソロンシティ戦で主張していた事であり、一貫しています。
 とはいえ、フリット・アスノであれば「攻撃すべきではない一般人」とは見なさないであろうヴェイガンの市民を、アセムがこのような配慮の対象としているという事は、重要です。なぜそのような判断が出来たかと言えば、これはアセム編終盤で、



「エデンをつくると決めた。死病におびえることや戦争で殺し合うこともない、理想郷だ」
 こうした言葉をゼハートから聞いていたからだと思われます。ヴェイガン側にも、死病に怯えるといった苦境がある事を伝聞とはいえ知っていたからでした。


 そして見逃すべきでないのは、こうしたアセムのスタンスでありスタイルが、彼の乗機ダークハウンドにも暗示されているという事です。
 うがち過ぎかも知れませんが、実は「ダークハウンドはなぜクロスボーンガンダムの中で特にX2の特徴を濃厚に持つのか」の答えの一端がここにあると思うのですよ。



 クロスボーンガンダムX2のパイロットは、ザビーネ・シャル。『クロスボーンガンダム』作中でこそ、ファンの間で語り草になるほどの壊れっぷりを見せた彼ですが(笑)、『ガンダムF91』では貴族主義の理想をそれなりに体現していました。
 そしてザビーネの駆るクロスボーンガンダムX2には、他の同系機にはない武装が用意されていました。ダークハウンドが装備している



 ドッズランサーのオマージュ元、ショットランサーです。
 言うまでもなく、このショットランサーは『ガンダムF91』に登場するクロスボーン・バンガードのMSが装備していた特殊な武装です。
 ショットランサーと言う武装はなぜ開発されたかといえば、一般的には、ビームシールドの普及によってビーム兵器による攻撃が決定打になりにくくなったため、代替案として作られたとされています。しかし一方で、クロスボーン・バンガードがコロニー制圧を重要作戦としていたために、



 コロニーの被害を最小限に抑えるための兵器、ともされているのです。
 ダークハウンドがX2のショットランサーをオマージュしたという事は、ショットランサーというアイテムに込められたこうした意味をも間接的に取り込んでいるのだ、と読むこともあるいは出来るように思います。
 もっとも、このセカンドムーン潜入の際に、ダークハウンドはドッズスピアーを携行していないので、説得力半減ではありますが(笑)。
 基本的に私は、自説を絶対に正しいのだと強弁するつもりはありません。この推測も的外れのうがち過ぎかも知れない。とはいえ、AGEという作品が、こうしたマニアックなガンダム知識を援用して、さまざまに読解を楽しめる作品なのだという点は強調したいと思います。それくらい、ガンダムシリーズのモチーフの散らし方が意味ありげで上手い。


 さて。とはいえ、この回は軽い気持ちで見るには少々重いテーマを扱っている回でもあります。そちらにも、少し踏み込んで解説してみたいと思います。



      ▽“持てる者”キオと、“持たざる者”たち


 第38話は、キオの重要な決断と、その結末を描いており、40話からの三世代編にキオ・アスノがどのような意志をもって突入していくか、その根幹が描かれる事になります。


 最初に断わっておきますが。この話で描かれるエピソードは非常にきれいで、ルウやディーンたちの心情変化もとても自然に描かれています。キオの優しさでルウが救われた、その事は素直に感動できる物語になっていますし、ともかくもまずは、物語の筋を無心に追って感じていただくのが一番だと思うのです。
 そして、もし感動して、その感動を壊したくないのであれば……以下の内容は読まない方が、良いかも知れません。


 さて。
 余命いくばくもないルウのため、キオは、



 AGEデバイス解析のために、自身の生体情報と、パスワードをヴェイガンに教える決意をします。
 これまで、AGEシステムを備えたガンダムを狙った作戦を何度となくヴェイガンが実行してきていますし、無論の事フリットが開発したこのシステムは何度となく難局を打開してきたアスノ家の財産、その価値は計り知れません。
 また、言うまでもなくこの取引は、ヴェイガン住民を救うために、ヴェイガンに有利な情報を引き渡すという判断であり、取引の体をなしていません。フリットはもちろん、アセムであっても到底考えつかない内容でしょう。
 しかしキオは、この判断に迷いません。情報を提供し、薬を受け取ると、



「ありがとう! イゼルカントさん!」
 ……と言い残して、ルウたちの元へ駆け去って行きます。


 一体、何が起こったのでしょうか。
 この件については、畏友さわKさんが以下のように読み解いているのが、非常に参考になると思います。


ガンダムAGE感想 38:逃亡者キオ(37:ヴェイガンの世界) -Blinking Shadow-


 放映中リアルタイムの感想であるため、終盤の展開と合致しない記述もありますが、キオの判断によってガンダムレギルスが誕生した事の意味は、一読に値します。
 特に、

今回の意味、それは

イゼルカントの37話での問い「ヴェイガンの尊厳にどういう値をつけるか?」に対して
キオが「アスノの歴史」を対価として提示したこと

です。

世代を越えた、時空を縦につなぐ願いを背負うAGEシリーズに対し、敵味方の壁を越え時空を横に繋ぐ希望から生まれたレギルス。
たったの2話で、「人類に対する希望」として、相対するガンダムの背負うものが釣り合っちゃいました。


そういうレギルスだから、ガンダムガンダムという一種定番の構図も、全く新しい意味を持ちます。


言い換えると、アセム編までの重さを背負ったAGEシリーズに対し、「アスノの人間がその重さをあっさり捨ててみせる行為の重さ」を背負っているのがレギルスです。


 この指摘は、レギルスという機体の意味を探るための思考を、何段階にも深めてくれます。
 ほとんど激しい戦闘シーンのない、AGE全体でも例外的に静謐なこの第37話、第38話は、イゼルカントの問いと、キオの返答を際立たせる内容でした。そして、第31話第32話の解説で記したように、いたずらに感情的にならず事態を冷静に見据えるキオの視線は、ヴェイガンの現状をキオなりに見届け、「アスノ家の歴史」を提示する決断を行ったのでした。


 このキオの決断と、レギルス誕生の意味をどのように見るか、これも唯一の正解をこの場で提示しようという意図はありません。上記のさわKさんの解釈引用も、参考意見の一つであると考えます。
 むしろここをどう解釈するかによって、ガンダムAGEの読解は様々に可能であるはずで、視聴者の方がそれぞれに考えていくことができるのだと思います。


 その上で、私は私の読解を続けねばなりません。


 ガンダムレギルスが、アスノ家のガンダムに釣り合うほどの意味を持ち、イゼルカントとキオの奇跡的な意思疎通の末に出来たものであったとすれば、レギルスはさわKさんが予想したような「希望のガンダム」になれたのでしょうか。
 ――フライングになりますが、答えは否だったと言わざるを得ないでしょう。
 さらに言えば、次話で明らかになるように、ルウの最期の日々を笑顔にし、ディーンに感謝されたはずだったキオですが、その先に皮肉な展開が待ち受けている事になります。
 心を通わせたはずのキオとルウ、ディーン。しかし詳細に見ていくと、そこに埋めがたい断絶も描かれている事が見て取れます。


 キオにとっては、隠しきれない落胆として。ディーンの家で振る舞われた固形食糧の味に顔をしかめ、またルウに「この辺りで一番きれいなところ」に案内してもらった際は、



 地球の美しい自然を知っているキオにとっては余りにもイメージからかけ離れた情景に



 複雑な表情を隠せなかったのでした。
 病に臥せっていたルウが、キオのもたらした薬によって多少とも元気になり、念願の見たかった景色を共に眺めることが出来た、喜びの頂点になるべきシーンなのに、ここでキオはとうとう笑顔になることが出来なかったのです。


 そして、これはヴェイガン側にとっても同じです。
 薬と引き換えにAGEデバイスの解析に協力したキオ。希少な薬をルウのために無償でもたらしてくれたキオ。イゼルカントにとって、ディーンにとって、これは奇跡的な善意であると同時に、どうしようもない断絶とも感じられたはずです。
 他者に善意と優しさを示す事が出来るという事実が、その者が恵まれている事をも表してしまうからです。
 ディーンはガンダムを見るまで、キオが地球種である事を知りませんでしたが、しかしイゼルカントの息子の服を着たキオは当然、ヴェイガンの中でも富裕な層の子供であると見なしていたでしょう。ディーンが一度は「これ以上、俺たちに関わらないんでほしいんだ」と言った心境のうちには、ルウの心配以外にもそうしたキオに対する拒絶もあったのではないかと思います。
 そして、一時は「ルウは幸せだったと思う。お前のおかげだ」とディーンが言うように、溝も埋まりかけたのですが、キオがガンダムパイロットだった=地球種だった、という事実が、再び深い溝になってしまいます。
「ありがとう、イゼルカントさん!」と声をかけられたイゼルカントもまた、



 ドレーネが笑顔でいるのと対照的な、深い沈黙に沈んでいるのです。
 こうして、埋まったはずの溝を再び見せつけるのが、次の第39話です。


 実に、シビアな描き方であると言わねばなりません。
 キオの優しさもまた、地球という恵まれた環境があればこそ育まれた、と見る事も出来るからです。


機動戦士クロスボーンガンダム』の最終決戦で、木星帝国の総統クラックス・ドゥガチが述べる「地球を核攻撃する理由」が、ちょうどこうした問題に関わっていました。ようやく木星圏が国と呼べるほどの力を持ち始めた時、連邦政府が政略結婚を申し込んで来た事を述べ、こう続けます。

あるいはあやつが卑しい女であれば
あやつだけ憎んでおればそれですんだのかもしれん
だが あれは優しい女だったのだ


優しさを!
豊かな土地で育った者にしかない
自然な心の余裕を見せつけられるたびに
わしが
わし自身がどれほどみじめに思ったか!


それはわしの造ってきた世界を!
わしのすべてを否定されるに等しかったのだ
きさまにわかるか?

以前指摘したように、地球から離れた惑星に国を作り地球帰還を目指しているというヴェイガンの設定は、『クロスボーンガンダム』の木星帝国のそれに非常に近く、ほとんど直接のオマージュ元になっています。
 そうであるがゆえに、キオの優しさをヴェイガンの人々がどう受け取るかについても、ある程度念頭においておく事は無駄ではないでしょう。


 ……そしてついでに言えば、置かれた環境が人の心根に少なからず作用するのだとすれば、これは初期ガンダム作品のテーマである「人は分かり合える」に対する強烈なアンチテーゼにもなり得るのでした。


 ここまで書けばお分かりのように、火星での一連のエピソードが描いているのは、いわゆる南北問題……持てる者と持たざる者との関係性の問題です。
 過去、ガンダムにおいて、貧困が戦争の原因となったという描写は少なからずありました。しかし富裕者と貧困者の融和を、格差そのものが阻害するという問題をこのように描いた例はありません。



 私事になりますが。
 中学生だった頃、明文化できない焦燥感のようなものに駆られて、青年海外協力隊のパンフレットを眺めたり、図書館にあった『国際協力』なんて雑誌をパラパラめくっていた時期がありまして。もちろん実際に参加したり、支援したりする踏ん切りはつかないまま、今も先進国生活をありがたく謳歌しているわけで、もはや恥ずかしい話でしかないのですが。
 しかしその時に読んだ内容は、今も頭の片隅に残っています。持てる者が、持たざる者にお金や物資をただ送るだけでは、一時的に楽になりはしても、長期的には何の解決にもならない。本当の支援とは――現地の人々と共に暮らしながら行うしかないのだ、というのが、その時に読んだ記事の結論だったのでした。


 現実にそのようにして支援を行っている方々はたくさんいます。共に暮らしながら井戸を掘ったり、医療を支援したりしている方々が日本人の中にもたくさんいます。とはいえ、無論の事、誰もがそうできるわけでもありません。そのような支援をするという事は、自身の生活レベルを落とすこと。生活のレベルを落とすという選択は、なまなかな善意で出来る事ではないので。
 まして、戦争の最中にあってはなおさらです。



 キオは、現時点で持てる最大の財産である、AGEシステムの鍵、アスノ家累代の財宝を使って、ようやくルウという一人の少女の生を救う事ができました。しかし当然のこと、ヴェイガン全体の問題を根本的に解消するには程遠い。巨視的に見れば何の解決にもなっていない。


 以前にも一度、ラクス・クラインのセリフを引用しました。「思いだけでも、力だけでも駄目なのです」
 ルウに渡す薬と引き換えにAGEシステムの認証コードを渡すという取引は、イゼルカントの問いにキオが真正面から答えた感動の瞬間でもあるのですが……しかし同時に、キオの「思い」に比して「力」が圧倒的に及ばない事をも、示してしまった取引でした。


 次回、第39話解説でもう一度確認していきますが……三世代編でキオが取り組むべき大きな課題が、提示されたのだと見ることが出来るように思います。


 そんなわけで次回。引き続き、火星編がAGEというストーリー全体に投げかける問題意識を、追って行きたいと思います。



※この記事は、MAZ@BLOGさんの「機動戦士ガンダムAGE台詞集」を使用しています。


『機動戦士ガンダムAGE』各話解説目次