昔話の形態学


昔話の形態学 (叢書 記号学的実践)

昔話の形態学 (叢書 記号学的実践)


 自分で調べた事を自分用にまとめたウィキをここ数年ずっとやっていたのですが。用語や固有名詞、国名や年号ごとに項目を立てる他に、最近「物語のモチーフごとに項目を立て、そのモチーフを含む話をメモする」というのを始めました。以前『グリム童話集』を読んでいるうちに思いついたことで、たとえば「動物の言葉を聞き分ける」とか、「人が鳥に変身する」といった項目を立てていくわけです。
 まぁ私は専門の学者じゃないし、このウィキも自分の創作に役立てるのが第一義なので厳密な分類とか網羅とかは最初から想定していません。気になったところだけを抜き書きしているわけです。


 とはいえ、こういう事を始めたにあたって、一応先人の取り組みというのを少しは見ておこうかなという気分になって、またちょうど今年に入ってから本書のタイトルを再三目にする機会があったので、思い切って手に取ってみたのでした。


 昔話の構成要素を、定項(コンスタント)と可変項(ヴァリアブル)に分け、定項である「登場人物の機能」だけに注目していくという発想はなかなか示唆的でした。主人公を助ける補助者は老婆バーバ・ヤガーだったり動物だったり色々あるが、主人公を補助する役目を負ってるという意味では変わらない。そして、魔法昔話において登場する機能の数は限られていると言い、さらにそうした機能の組み合わせによる話の構造はほぼ一つのパターンのバリエーションと組み合わせとして表現できるという、かなり大胆な内容でした。


 一つのアプローチ法として「こういうやり方もあるのか」という刺激はすごく受けたのですが、同時にこう、私の個人的な趣味との乖離もあって、微妙にもどかしい読み味だったというのも正直ありまして(笑)。
 バリエーション豊富な多くのものに共通の構造を見出そうとすればするほど、細部は落としていかざるを得ないわけです。本書であれば「可変項」としてその辺が早い段階で議論からそぎ落とされているわけですが。しかし実は、私が関心あるのはどちらかというとその細部の方なんですな(笑)。そこにちょっとした行き違いはありました。


 また(以下、おそらくその道のプロによりとうの昔に指摘されてるだろう話を、インプレッションだけで雑に述べるわけですが)、やはり様々ある魔法昔話を1つのパターンに落とし込めるというのは綺麗な結論ですが、正直さすがに分けた方が良いものも交じってない? みたいな感じも少々ありました。たとえば、本書では「歌う骸骨」系の話(主人公が殺されるが、主人公の骨を旅人が笛などに加工したところ、殺人者の罪を告発する歌を歌い始めて事が露見し、殺人者が処罰される)も魔法物語の機能で説明できることが示されてるのですが、大半の魔法昔話にある主人公の出立や、敵対者との対決もしくは難題の突破といった重要要素が含まれてないこの話を、一つに括っちゃって良いのかいなという感触はあったわけでした。確かに、こういう話ですら単一の機能群で記述できるのは凄いわけですけど、分類としては分けた方が色々見えるような気もする。


 あと、複雑に入り組んだ昔話は、こうした一連の機能が複数連結されていると読むわけですが、その「つながり方」にも分類が可能なように思えたわけです。話によっては、途中で主人公が変わるケースもあるわけですよ。本書では双子の兄弟のうち片方が危機に陥ったところでもう片方が駆け付けるタイプの話を扱ってますが、『グリム童話』なんかだと、主人公が美しい姫と結婚する事になるんだけど、それを実家に知らせに行ったところ魔法にかかって姫の事を忘れてしまって別な女性と結婚するなりゆきになり、今度は姫の方が主人公になって男の記憶を取り戻すって展開の話が複数ある。完全に途中で物語の能動的な中心、つまり主人公が変わるわけですよ。
 ストーリーにおいて主人公が変わるって、無視できない要素のハズで、そこはまた踏み込んで分類できる上位のパターンを用意した方がクリアになるんじゃないかなと、そんなことを考えながら読んでいました。



 まぁ、そんな感じでいろいろ思うところはありましたが、昔話という対象について考える時、見方を変えたい時の視座というか、角度の選択肢が増えたのは確かで、こういう読書もいつか役立つことがあるいはあるでしょう。そんな感じでした。
 さて、次も昔話関連の本を読む予定。